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現在位置:HOMEの中の分類から探す(教育・人権・文化・スポーツ)の中の文化財・芸術・歴史から『正徳四年ヵ「二日市宿庄屋覚書」(河口屋水城正五郎写)』[二日市中央](市有形文化財)
更新日: 2017年8月16日

(しょう)(とく)()(ねん)()二日(ふつか)(いち)宿(しゅく)(しょう)()(おぼえ)(がき)」(河口(かわぐち)()(みず)()(しょう)()(ろう)(しゃ))』[二日市中央](市有形文化財

 
 
表紙
 
裏表紙

 本史料は、山家宿郡屋守(ぐんやもり)水城氏の四代目にあたる水城正五郎が、慶応3(1867)年長男に家督を譲ったあとに書き写した写本で、原本は、慶長以来御笠郡二日市村庄屋を代々世襲して帆足甚三郎が、庄屋役引退後の正徳4(1714)年に、自家に伝わる古文書や古老の話、自身が関与した二日市宿の事件等を記録したものです。

 本史料には、
  ・ 長崎街道成立以前は、上方・長崎方面、豊後方面との通行に二日市を経由していたこと。
  ・ 冷水峠開削の経緯、山家宿、内野宿設置の経緯
  ・ 原田宿の設置が寛永21(1644)年頃だったこと(他に検証史料がない)。
  ・ 二日市が天正19(1591)年には伝馬の用意を命じられており、山家宿の設置より20年早く宿駅として成
   立していたこと。
  ・ 天満宮文書にも記載されていた「二日市場」が寛永17(1640)年に再興し、にぎわっていたこと(他にこの
   とに関する史料がない)。
などが記録されています。
 また、伝承ではあるものの、紹運塚、川船、六地蔵、鯰石、二日市八幡宮銀杏樹などの記述もあり、筑紫野市の地域史に欠かせない史料です。

このページに関するお問い合わせ先

担当部署: 教育部 文化情報発信課
電話番号: 092-921-8419
ファックス番号: 092-922-1912


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