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現在位置:HOMEの中の分類から探す(教育・人権・文化・スポーツ)の中の文化財・芸術・歴史から米づくりをはじめたのは誰だ!
更新日: 2014年9月24日

米づくりをはじめたのは誰だ! (・・・ただし、筑紫野市内に限る。)

 筑紫野市内には水田や畑が多く、福岡都市圏でも自然環境が豊かなことで知られています。ではそんな筑紫野市内で最初に米作りを始めたのは誰でしょうか?

 前畑遺跡は西鉄筑紫駅西口区画整理事業に伴い発掘調査された遺跡のひとつです。写真では小さく見えますが、直径1m以上の穴が80個以上確認されました。もっとも深いもので深さは2m以上あります。これらの穴の大半は弥生時代の貯蔵穴で、その使い道は食料などを保管した穴倉と考えられています。日本で米作りが始まったとされる弥生時代のはじめ頃にはポピュラーな存在でしたが、やがて高床式倉庫が現れると作られなくなりました。
 これらの穴に埋まっていた土器は、縄文時代が終わり弥生時代が始まったころの特徴を持っています。前畑遺跡は弥生時代の始まり頃の村、つまり米作りを始めた頃の人たちの村ということができます。そして、現在のところ市内で見つかっている一番古い弥生時代の遺跡であることから、(今のところ)筑紫野市民として米作りで生計を立てた最初の村ということができます。顔も名前も分かりませんが、市内で最初に米作りを始めたのは(今のところ)「彼らだ!」ということになります。
 
 前畑遺跡2全景 貯蔵穴

このページに関するお問い合わせ先

担当部署: 教育部 文化情報発信課
電話番号: 092-921-8419
ファックス番号: 092-922-1912


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