─近代日本農業をリードした─
    59.福 岡 農 法

■ 福岡農法を支えた人々
 福岡県は古くから農業の先進的な役割を果たしてきた。江戸時代では貝原益軒、宮崎安貞など著名な農学者を輩出しており、稲害虫であるウンカの駆除に鯨油を利用する方法は本県で考案され、全国に普及したものである。
 殖産興業の強い気風のなかで、旧福岡藩士の林遠里は、いち早く筑前の慣行農法と犁利用を組み合わせた農法を確立(明治4〜10年)した。すなわち『勧農新書』を著して私塾「勧農社」を設立(明治17年)、塾生10〜30名を養成して稲籾の寒水浸、土囲法(あらかじめ精選した籾を冷水に浸した後、土中に埋めて芽出させる方法)を開発全国に名声を高めた。マスコミの波に乗


▲山添八幡社(山形県東田川郡櫛引町)に奉納
された絵馬。大野村(現大野城市)山田の島野
嘉作の功績がたたえられている。
った遠里農法は全国各地からの招聘を受け、勧農社だけでも18年から26年にかけて37道府県に総数464名の教師を派遣している。
 一方、明治15年に福岡農学校に着任した横井時敬は、科学的試験を駆使して遠里農法を検討し、寒水浸.土囲法は慣行法には優るが、塩水選法(籾を塩水に入れ、浮いたものを不良として除外する選別方法)には劣るという結論を発表した。
 遠里の農法は、馬耕乾田や深耕等については評価されたものの、籾の選種法によって大幅に収穫高が変動することがおきたため、明治25年以降、勧農社は衰微の一途をたどり、同32年には15年におよぶ栄光の幕を閉じた。
 ともあれ、明治10年代は老農による慣行農法の推進、20年代は県試験研究機関による科学的研究によって福岡農法はさらに発展していった。
農学校や勧業試験場を歴任した横井時敬は、22年に東京へ転任までの7年間、遠里農法の解明と本県の農業振興に多大の貢献をなした。18年に『農業小学』を著し、20年に塩水選種法を完成、21年に稲作改良を著して若干21〜28才で明治の福岡農法を確立したのである。
 その後の福岡農法は、科学的手法にさらに磨きがかけられ、横井時敬の及ばなかった日本古来の作付方式、輪作体系に関する研究を全国どこよりも早く明治29年頃から始め、稲麦と他作物の前後作に関する研究を実施し、業績をあげた先見性は高く評価されている。

日枝神社(山形県酒田市)に
伊佐治八郎が奉納した絵馬


 
■ 抱持立犂に関与した人々
 明治の前半期、全国各地から招聘され、功績をあげた農業教師(馬耕教師)の一部は、次のとおりである。


明治16年   長沼幸七(夜須村三並)
           →石川県
同20年    高原謙次郎(御笠郡乙金村)
           →京都府へ農事巡回
同23〜28年  浦山六右衛門(夜須村三並)
       長沼幸七
       高田耕作(脇山村)
       長 五郎(粕屋郡戸張村)
       多田吉助(夜須郡森山村)
           →新潟県佐渡島
同24〜29年  伊佐治八郎・茂兄弟
       (早良郡原村小田部)
           →山形県
同24〜36年  島野嘉作(大野村山田)
           →山形県東田川郡


 招聘先で好評を博した教師は、小学校長以上の名士として厚遇され、記念碑建立の栄に浴する者も多かった。
 勧農社から全国に派遣された教師は、多い年は50人から60人に及んだ。明治20〜30年代に抱持立犁を作っていたのは、筑紫郡三宅の大賀佐平、須久の大村重吉と脇山の大鶴家であったといわれ、派遣教師が晴れの門出に持参した指導用の抱持立犁は、恐らく勧農社に近い大鶴家から入手していた(神屋貞吉)と考えられる。
 写真の弓状の棒は平成2年に福岡市西区の大鶴善雄氏(太郎次四代孫)から県農業資料館へ寄贈されたもので、片面に「明治八亥春作、大鶴太郎次」の刻名がある。大鶴家は明治10〜20年代にかけて量産可能な筑前最大の抱持立犁の工場であったことから、林遠里や県関係に取引きされた犁の原型であると考えられる。

 なお、抱持立犁は使用法が難しく、明治30年代には近代短床犁に改良された。短床犁は欧米の洋犁に較べて犁の性能を支配する犁耕抵抗(比抵抗)が数10lから50l以上も低く、しかも耕深、耕幅、耕土の反転、反転具合の四つ調節機能を合わせ持つ世界に誇るべき特性を持っており、今日のトラクタ

−耕にまでその機能が継承されている(坂井九州大学教授)。
 このように、郷土の先輩達によって普及された福岡農法は、明治〜昭和20年代までの近代日本の農業の確立に大きく貢献したのである。

(浅井繁利)

※絵馬の写真は、東京都板橋区立郷土資料館からご提供いただいた。


日枝神社(山形県酒田市)の絵馬
馬上の伊佐治八郎が描かれている
明治三十年奉納

明治8年銘のある犂の原型
(福岡県農業資料館蔵)